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Izumic Terrace 伊瀬峯幸②Petal / Supersonic Wave ft.TORi☆陰陽混ざりあう詞

  

さあ、伊瀬さんのインタビュー第2弾ですよ! これがまたDEEEEEPでございました。

神社と音楽の深い関係

神主をなさっているとのことですが、神主としての神社での活動や神道のものの見方が音楽に与える影響はありますか?あるとしたらどのようなものでしょうか? 

山岳信仰の神社で、自然と人との関わりにつていつも意識しています。
鳥のさえずりの心地よさ、風の音で安心したり不安になったりだとか、
波のやすらぎ、雨音の落ち着き、腹に響くような雷鳴など、
自然が発する音は絶えず心に作用していると思います。
同じように、楽器や歌声などによって楽しくなったり、
切なくなったり、何かを感じてもらいたいなと思って曲作りをしています。

行事などの際には、祝詞(のりと)やお経を黙読ではなく声を出して読み上げますが、

自分や参列されている方の耳だけでなく心に響かせることで、
実際に気持ちにも何らかの作用があると思っています。
音楽にも、言霊ってあると思って作詞作曲をしています。

確かに『古事記』にも”天の岩戸”の前で、セクシー・ダンシングした宇受女命(うずめのみこと)とか、神話・神道と音楽とは切り離せませんよね。

 引きこもり中の天照大神を踊りでおびき出す話

https://youtu.be/OvODyqGrTjA

古事記 の物語 第11話 【 天の岩屋 ⑥ 外へ 】
46,659 回視聴•2014/06/27
Rakinasuchi チャンネル登録者数 1740人

「ここを開けろ!」といっても開けないが、面白そうなものがあるとつい自分から開けたくなる、それが心理…。

「陰陽」という考え方がありますが、
音楽作りでもそれは意識していて、
押したり引いたり、見せたり隠したり、
プラスとマイナス、裏と表といったものの配分を大事にしています

…これは、まさに伊瀬さんの曲を聴いた時に感じた”バランス”感覚です! 
伊瀬さんの曲にはいつも”自然”の要素が登場するのですが、その”自然”は西洋的な、人間と対峙するnatureではなく、人も含んだ世界、という意味の”自然”でしょう。そんな自然は、神道でいう”神さま”なのかもしれません。
そんな自然と”音”を使って心を響かせ、楽しく遊んでみせる、そんな行為が伊瀬さんのおっしゃる音楽なのではないでしょうか。
そして、その自然はそのままの姿でバランスをとっています。雨が降った後は晴れ、冬の後は春が来る、という。「陰陽」とはそうした自然におけるバランスであり、伊瀬さんのクリエーションにはそのバランスが生かされていることが、曲を聴くとよく分かります。
(ご注意:ここで言う「陰陽」とは自然の摂理であって…ちまたでいわれる陰キャと陽キャで人を分けることとは直接関係ありません)

『Petal』 feat.TORi-Izumic Terrace 伊瀬峯幸

https://youtu.be/JG35TLsNCf8
158 回視聴•2019/10/05 Izumic Terrace

とても閑雅な曲です。この錆の部分なんか、気のせいか雅楽の調べっぽいです。

風に浮かべた 花びらが舞って(流れ)
愛しき君と 明日を呼ぶ

歌を唄えば 空につながって(にわか)
心ときめく 音が鳴る 

 風の中を流れる花びらも、空に溶けてゆく歌も、人の心とつながっていく。…自然とこころを分けていない、伊瀬さん独特の、”大きくて優しい(かつ、おしゃれな)世界”を感じることができる歌です。また、TORiさんの心に入り込むようなボーカルがとてもいいです。とくに上記のフレーズは、じーーーーんと、沁みます…。

現実と観念の狭間で

作詞・作曲・アレンジと全てにわたるプロデュースを行っている伊瀬さんですが、その世界観を伝える最高の”武器”は、卓越した歌詞の力でしょう。

僕が自信を持ってお届けしているのは歌詞です。
作曲も編曲もまだまだ磨かねばと思っていますが、
作詞の部分は独自のもの、他の誰にもできないものを形にできていると考えています。
優劣とかではもちろんなく、自分だけのやり方ができたという意味です。

詞は、まず
できる限り日本語で、
基本的にはわかりやすい言葉で

作りたいと思ってます。
わかりやすく、実際にその曲の風景が見えて、
曲の始めから終わりまでストーリーが続くようなものをと思っているので、
観念的なものだけに偏らないようにしています。

情景が見える、あくまでも現実を、ドラマチックにお届けしたい。
現実を飾るために、観念的な世界を混ぜるという感じでしょうか。
これから考えが変わるかもしれないですが、今のところは。

前述の「陰陽」のバランス感覚は、現実的なストーリーとしての歌詞を展開するうえでも生かされています。ややもすると、イメージとは、抽象的な観念に流れ過ぎ、気づくと漢字やカタカナずくめの歌詞になってしまうこともあります。(注:敢えてそういったスタイルをとり、非常に効果的に成功している例もたくさんありますので、そのスタイルを批判しているのではありません。それはそれで非常に面白いしクリエイティブだと、尊敬と共に、思います。)
「分かりやすい日本語」で書く、というスタイルは、そういった意味では、かえってチャレンジングかも知れません。ですが、伊瀬さんは「分かりやすい」のにハッとさせる歌詞になっています。これは実に、大変なことです!

『Supersonic Wave』 feat.TORi-Izumic Terrace 伊瀬峯幸

https://youtu.be/y7okvdighnc
468 回視聴•2019/08/06 Izumic Terrace

の色は 移ろいゆくもの
流れ去るくの 結(ゆ)いほどけて 
変われないで はにかむ
信じていたいと 今その手で

いつになれば星は降りて
2人はその雫を抱くだろう
言葉などつまりは
真実を映すものじゃないなら

ただ願いをかざせ
ただ願いをかざせ

言の葉のうつろふだにもあるものを
いとど時雨のふりまさるらむ    BY 伊勢  
(あなたの言葉が移ろうだけでもつらいのに  追い討ちをかけるように時雨が)
奇しくも同じISEさんによる和歌を思い出して、まさにビックラ『新古今和歌集』!

「街」「雲」「私」を等価に並べてしまっているところが非常に斬新です。だもんで、”ハイブリッド・シティ派”と呼んでしまっていいのではないでしょうか? (勝手に命名)。
いわゆる”80年代シティポップ”は、「大都会」に出現した実体間の薄い記号的な中間階級的な世界を表現。2010年代の”ネオ・シティポップ”は、もろ英語だったり、パロディで遊んでいる。一方、伊瀬さんの作品に感じる”シティ”感覚は、山岳信仰的な”野生”をハイブリッドさせたものだからです。

そして「言葉などつまりは 真実を映すものじゃないなら」と言葉の限界宣言を身もも蓋もなくやってしまっている度胸にしびれます。でも…これ、”言葉”使った歌だからね…も~レトリックでしょ!って、思ったところで、「ただ願いをかざせ」という祈りの”言葉”につなげる、という、トリッキーな歌です。でもバランスがとれているから、破綻しない。逆になるほど!と楽しめる。お・み・ご・とお☆

 

っと、盛り上がったところで、最終回へと続く… 

どれも本当に粒ぞろいの曲なので、ぜひチャンネルで確かめてください☆

前回のインタビュー

日本の価値観が生きる曲

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